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福島の子供を守れ - Propaganda & Kizuna 絆とプロパガンダ


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真実は闇の中・・・政府は必ずウソをつく?


真実は闇の中・・・政府は必ずウソをつく?



チャルカとインド独立と御題目

チャルカとインド独立と御題目 
お断食も大層安楽に大勢御修行して皆んな無事に成満しました。諸々の魔性も降伏することが出来たと思います。
今年は有難い年で、西天開教にかかりまして四十四年間インド・ネパール・ランカ・ビルマ等に法を弘めました。で、その中で最も力を入れたのがインドでありました。インドの仏教復興、これは、お釈迦様の八正成道の御霊地であります。しかし、英国の植民地になっておりました。その民衆が独立運動を起こしました。だいぶんと、何代か、弾圧の下に苦労しましたが、最後のマハトマ・ガンディーと申します。元、弁護士でありましたが、この人が独立運動の方法を武力や経済力や政治力に求めずに、宗教的な信念の上に、精神の上に、独立運動を成功させようと思いました。時の人は、そんな事は出来るものでない、そんな事を考えるのは真昼に夢を見たようなことだと、嘲りました。私はその独立運動の最中にまいりましたが、日本の総領事や大使に会いました。それから、インドで、綿花を買うとか、買わないとか言う様な混雑が起こりました。日本はインドから綿花を輸入しておりました。その売買の交渉に政府の高官が来まして、シムラという所で会合を開きました。勿論その時のお相手は、英国の官権でありました。そこえ私も参りまして、日本の高官達にお話しましたところ、みんな「そりゃ、あんたらガンディーの独立運動は面白い話だけども、そんな事が出来るものでない。で、又、英国もインドを手放しては経済的に建っていかない。どうしても、無理をしても何でもインドは英国の植民地として最後まで、これは、保留するでしょう」そういう話でありました。
世界中誰でも、非暴力で何をするかと言うと、糸紡ぎをする。これが独立運動だという。それから皆んな生活を自分で努めて質素にまかなって、自分で何でも食べる物も作っている、そんな事が独立運動。それはなかなか結構な話だけども、一方、これを占領して統治しておる英国が、「良い事をなさるから独立させましょう」とは言わない。これはどうもガンディーのお話は夢物語だと、皆そう言っておりました。それにガンディー一人だけ「私はなるほど皆んなの言う様に夢をみているんだ」という、「そうかも知れないが、しかし、世界の情勢をよく前途を見極めると、世界はやがて、私の夢の後を追って、みんな夢を見ねばならなくなるだろう。その第一歩はこのインドの独立。これが必ず、あの時を得て、時に当って成功する。天の神様の裁きは既に近づいた。必ずインドは独立する」と言う夢を見ております。
ガンディー翁はそんな事を言っておりました。真に夢物語であります。精神的なものでありますから大砲を買い込んだとか、軍艦を求めたとか、兵隊を作ったと言うんならば、独立運動もちょっとは成功するかもしれない。何も持たないで、そして皆んな自分で貧乏な生活を楽しんで、糸紡ぎを木綿糸を紡ぐ、私も真似ました。こうして、ひねってですね、最初は糸を綿から引き出す。その次にはちょとした箱の中に、木綿車の形をとった布を仕込んで、その車を回して糸を紡ぎます。そんな稽古をしました。糸紡ぎ。そこで私もガンディーに会って考えましたが、成程経済的にこれが成り立つか否かは問題、しかし、この独立をせねばならないという、この信念を国民全部に持たせる事はこの糸紡ぎが一番早い。貧乏な人が皆んな遊んでおる、仕事のない人達でありますが、これが皆んな糸を紡ぎます。綿はインド中に何処にでもある。それを皆んな紡げば難しい事ではありません。子供でも大人でもします。私は不調法で、あまり糸は紡げませんでした。けれども、これを紡いでおると興味深いものであります。一心にそれをやらないと糸は出て来ません。切れてしまいます。いわゆる三昧に入ります。なんの三昧か、独立運動の三昧であります。インドは我々は独立せねばならないという。この願いで糸を紡いでおりました。世の中に糸紡ぎの機械を発明した事も良い事でありましょうけれども、自分で糸紡ぎその結果がインドの政治革命となります。独立運動の完成になると聞きますと、どうもこれは夢でありましょうが、驚くべき奇跡であります。これで出来ると、ガンディーは申します。出来たらば大変で、けれども出来なくても別に恥ずかしい事ではありません。出来ると思うて糸を紡いでいる。どなたにも迷惑をかけません。こうした精神運動を見て来ましたが、私もこのインドの独立運動に興味を持ちました。そしてガンディーに合うて、それからガンディーの塾に留まって、糸紡ぎの稽古をしました。初め綿を作るであります。糸を紡ぐ様な指程の綿をこしらえます。それを作るのに弓みたいなもので、はたきやりました。それで私不調法で怪我をしました。親指の爪かなんかを少し起こしまして、そしたらニラベンという英国のペルシャ艦隊の司令官の娘が、やっぱりこちら来ておりましたが、ガンディーの独立運動に興味を持ちました。で、結婚も何もせずにガンディーの元に飛んで行きました。一生このインドで最後まで暮らしました。この人がガンディー翁の側におっていろいろお世話をしておりました。
私が怪我をしたと言って、大変だ。それからガンディーの所へ連れて行きました。この日本のお坊様怪我をしました。そしたらガンディーが「日本の兵隊は強いから泣かない様にしなさい。」そう言ってふざけておりました。「日本の兵隊さんは強い・強い」それで、私、頑張っておったのでしょう。やがてそれも治りました。こんな時から私は余念なく御題目を唱えておりました。何の事か、ちっとも皆んな判りません。ところがこのガンディー翁がですね。太鼓を撃つ様になりました。「そりゃあ日本の宗教運動って恐ろしく勇敢なものだ。こりゃあ私も太鼓を撃とう」と、そうして、「お祈りの言葉、これは素晴らしい言葉で私も習いましょう」南無妙法蓮華経を唱えてお太鼓を撃ち出しました。皆んなが呆れまして、「どうしたのか」と言う。私もどうしたのか知りません。本当にこの南無妙法蓮華経を唱えて太鼓を撃つ、なんの説明もない。私はガンディーの糸紡ぎが独立運動の御祈念として、必ず成功する事を信じたように、ガンディーはこのお太鼓を撃って御題目を唱える、この御祈念を又信じました。仏教復興の大運動として受け取りました。
そんな関係で始まりまして、大層ガンディー翁も私がその塾に居ることを喜びまして、私そこに入るについては、身ですね、随身嬢の居った部屋を空けて、ガンディーのすぐ隣ですけれども、そこへ入れてくれました。で、そこへ入りました。何も判りませんが朝からお昼、晩と三回、御祈念をしております。それに出ねばなりません。そうしたところが、一夜、お月様がきれいに窓から射し込みます。
で、月を見て色々感想に耽っておりますと、一夜ほとんど眠れずに過ぎてしまいました。夜明け方ちょっと眠りましたら、もう目を醒ますとお勤めが始まっておる時間であります。大変だと思って行きましたら、やがてお勤めを終わってしまいました。恥ずかしくて、失敗しましたと思ってこまりました。まず、そんな事何べんもありません。一片だけどうもちょっとお勤めに遅れました。お勤めの席に出ますと、あちらは、その頃はヒンズー教のお祈りであります。私も何か判りませんけど、判る言葉だけ向こうについて私も唱えております。こうして共に暮らしておりましたら、ある時に塾生がワルダで結婚式をあげました。私にそこえ出てくれという。ガンディー翁が主催するわけです。参りまして、飾りと言っても木の葉を取って門前にちょっと掛けてあっただけです。そうして席に着きました。その時でありましたか、ガンディー翁が私にインド語を習えと言う。習ったかと言う。「一・二・三」ガンディー翁が言いました。私に次を言えという。私が「四」と言うと、ヒンズー語で一・二・三・四を「四」と言いましたら、皆がどっと笑って、年寄り、若者揃って一・二・三・四の話をしておりました。ガンディー翁の独立運動の位置は、そんな所でありました。和やかに暮らしておりました。そうしておりました時に、一緒に最も親しく暮らしたその随身の人や、それから相談相手になっておった御弟子さん、ビホボッティ。これらも一緒に、私と年が前後しておりました、その人は未だに生きております。次第に年を考えまして、政界にはめったに出ません。
(昭和五十二年十一月四日 仏足山)

顕仏未来記(内相承)

顕仏未来記(内相承)
只今拝みました顕仏未来記と申します御妙判は、御祖師様が仏様のお説きなさった法華経の中に、未来の仏様が亡くなられた後の世の事が指図されてあります。それを書き現したと言う題号の意味であります。これは弘長元年伊豆の伊東に御祖師様が流罪せられました。その伊東の所で流罪の間にお認めなさいました。
その未来記の中に、お釈迦様が法華経をお説き遊ばされた。これが始まりであります。その次に天台大師は支那の漢土に生まれられましてお釈迦様の教えに従って法華宗をたすけて漢土に弘めて居る。この法華宗をたすけて漢土に弘めたと言う事が、宗と言うものは中心を示すものであります。お釈迦様の一代の教えの中心が法華経による所から法華宗と申します。このその次に日本の伝教大師。比叡山の一家は漢土の天台大師に受け継いで法華宗をたすけてこれを日本に弘めたと言う。これは天台大師のお言葉でありまして、それをそのまま引かれます。そうしますと法華宗と法華経を中心にした仏教と言うものは、お釈迦様に始まって漢土の天台大師は支那に弘め、日本の伝教大師は又法華宗を日本に弘められました。これで三国三師になります。インドのお釈迦様、それに漢土の天台大師、それから日本の伝教大師、三国三師になります。そこで日蓮聖人様が、又自ら恐らくは、安房の国に生まれた日連は、三師に次いで法華宗を弘めて日本国に弘めるとか、漢土に弘めるとか仰言って居りません。「末法に弘通す」と書いてあります。末法と言うのはお釈迦様が亡くなられた後二千年を過ぎて後の時期、末法万年。その末法の時代に法華宗を弘める。国は指してありませんが、これは一閻浮提に弘めると言う事になります。一閻浮提と言えば世界中のことであります。世界中に末法万年の宗教として法華宗を弘める。で、お釈迦様が天台大師、伝教大師に続いて日蓮聖人自ら加わって三カ国の中の法華宗の同志が出来ます。三に一を加えて三国四師となる。仏教の受け継ぎ方であります。これがお釈迦様に始まって天台大師、それから伝教大師、その次に日蓮聖人。
後の人はその宗旨をお釈迦様の宗旨でない宗旨を弘めました。それは弘法大師にしましても、大日如来なんて言うものを作り上げてそうしてお釈迦様をのけものにして仕舞いました。無明の神力などと、お釈迦様は迷った人間である、そんな事申します。そうすれば仏教ではありません。仏教と言う広大な素質を利用して、外道の宗旨を作った。
南無阿弥陀仏も仏教の様であります。けれどもお釈迦様を頼んで助けていただくのではなくて、お釈迦様を捨てて極楽西方の方へ行きます。そして阿弥陀様に助けて貰うと言う。これもお釈迦様の仏法から出て、お釈迦様を捨てて外の者を拝んでおります。これで正しい仏法ではない。こう法華宗を中心にした日蓮聖人様が仰言います。
法華宗はお釈迦様の御誠諦を明らかにします。如来寿量品、如来の秘密神通の力、それを説かれた。それを仏法を説かれたお釈迦様の誓願救済、神通力が説かれてあります。阿弥陀の話でもなければ、大日如来の話でもない、不動様でも何でもありません。そうした時にこのお釈迦様の教えが末法の世に弘まる。それは世界中に弘まる。漢土とか日本とか国土を制限しません。弘まる時間はお釈迦様が亡くなられて二千年以後。そうして後万年の後までもこれが宗教としてお釈迦様の宗教として伝わって、そこに日蓮聖人様が自らの道を仏教の上に、仏教を弘める上に、お釈迦様を中心にしたお釈迦様の仏教、それを四人よりだしてお釈迦様に始まって天台大師、漢土の天台、日本の伝教、そして又日本ですけれど日蓮聖人、これを三国四師となる。四人の導師があります。けれどもこれもお釈迦様の南無妙法蓮華経というこの宗旨を立てられました上からは、外相承と申します。内心の相承では、天台大師から相承したのでもなければ、伝教大師から受け継がれたものでもない。日蓮聖人独自に受け継がれた。これを内相承と申します。それは日蓮聖人、上行菩薩という法華経の如来神力品に出てみえます、その上行菩薩に受け継がれました。上行菩薩は、お釈迦様からこの南無妙法蓮華経を付属された。末法の時代にこの南無妙法蓮華経を弘めよと言う付属されたというような事が法華経の如来神力品に出ております。
そこでその南無妙法蓮華経は日蓮聖人直接、上行菩薩から受け継がれましたけれども、上行菩薩と言うのは、今はどこにも居りません。お経文の上に見えて居りますだけであります。それで上行菩薩を通してお釈迦様から直接南無妙法蓮華経を受け継がれました。それは法華経の如来神力品という御経によってそう定められました。これを内相承と申します。それで日蓮聖人様の仏教は何よりも南無妙法蓮華経を唱える事、これが伝教大師でもなく、それから天台大師でもなく、日蓮聖人独自にお釈迦様から直接受け継がれた法門、これは内相承と申します。南無妙法蓮華経は簡単に誰でも唱えられるから、容易い宗旨の様に考えられます。そうではありません。仏様の末法を救う末法の衆生を救うただ一つの宗教としての南無妙法蓮華経。それを弘めるのに特別の菩薩を呼びいだされて、お経文では授けられております。けれどもその上行菩薩は、人間世界に今現れて来ません。上行菩薩は人間界に現れた時に、南無妙法蓮華経を弘めます。お釈迦様の御経の本懐、そうして末法の一切成仏の大道。それが南無妙法蓮華経という。
幸いにしてこの大法に御縁がありました。けれども、地湧の菩薩の出現にあらずんば唱え難き題目なり、とあります。この南無妙法蓮華経を唱え、南無妙法蓮華経を持って行く事は地湧の菩薩、お釈迦様の過去世遠い昔からの御弟子が末法に生まれてこの御題目を皆に伝える、この時には凡夫の姿を示します。凡夫の姿を示しながら凡夫の中で南無妙法蓮華経を弘め、それは畜生を救う時には畜生の姿を示し、さまざま形はうけ変えられて衆生を救われます。その中に南無妙法蓮華経を末法の時代、今日に弘める者は上行菩薩を上首として、六万恒沙の眷属と言いますが、恒沙のガンジス河の砂の数、あれが六万の恒沙を合わせた程の御弟子が付いております。その人々が様々な形を変えて、末法の時代に人間界に生まれて、南無妙法蓮華経を弘める。そう云う事であります。
(昭和五十二年九月三十日 仏足山)

陀羅尼品「乃至夢中 亦復莫悩」

陀羅尼品「乃至夢中 亦復莫悩」
只今拝みました陀羅尼品と申しますのは、法華経の中で二聖二天十羅刹女と申しますこの御文の御人方が後の世に法華経を持つ人を守護すると言う誓願をお釈迦様の前で述べられました。その誓願の言葉であります。それを陀羅尼呪と申します。で、法華経は支那の言葉に漢語に翻訳されました。皆、「自我得仏来」も漢語でありますが、漢語に法華経全部を翻訳されました。けれどもこの陀羅尼呪だけは翻訳されませんで、霊山会上で二聖二天十羅刹女が説いた言葉の音のまま伝わって来ました。それでこれは漢訳しません。漢訳すれば多少の意味がありましょうけど、元来これは漢訳すべきものでない。漢訳されておりません。霊山会上の発音がそのまま今日に伝わっております。
それでこの陀羅尼呪を要文抄の中に取り入れましたのは、最後の言葉に「乃至夢中 亦復莫悩」と言う言葉があります。所詮護るけれども夢の中でも悩ます事は許されないという。夢の中で襲われた経験のある人があるかもしれませんが、夢の中で襲われる事があります。怖い夢を見ます。その悪い夢、怖い夢を見せない様にする。怖い夢をみせるのも、様々な鬼神達やら羅刹。目には見えませんけれど、そんな存在がありまして人を悩ませます。それから夢の中でも法華経を持つ者を悩ましてはいけないとそう言う言葉がありますが、十羅刹女がお釈迦様にこの陀羅尼呪を説いて、説いた趣意を説明しております。で私達は夢を見ます。これはどうにも良い夢を見ようと思うても見られるものでない、その中に悪い夢を見る事が誠に困ったものであります。けれどもこれも仕方がない。夢というものは自分一人で見る様でありますけれども、そうでもない。近くこの頃、王舎城に内地から御骨を納めに参った大阪朝日新聞の記者があります。そのお父様が比叡山の大僧正であります。この御人が房州清澄の仏舎利塔の落慶法要の時に比叡山を代表して参詣なさいました。それ以来日本山の宝塔建立を随喜されまして、ネパールやインドや各地にお参りなさいました。その時に何時も朝日新聞の記者をしておりますお子達が随身して居りました。そのお父様と言うのが亡くなります時に、私の御骨を霊鷲山に収めて下さいと言って遺言をしました。それで一周忌に成る前に納めに来られたのであります。ところが不思議な事にその御臨終の御遷化の朝ですね。御信者の何人かの特別な御信者が夢を見ました。同じ様な夢をみました。その比叡山の大僧正が旅姿をしました。そして、夢の中に現れました。私もこれからインドの霊鷲山に参って来ます。それは一人でなくて何人かの御信者が同じ夢を見たのです。そうなりますと、夢を見せる別の存在があったのです。これが幸いにそんな御上人様が御信者に夢を見せたのであります。別れの挨拶をなさったのであります。この事を考えますと夢もこちらが見たいから見るのでもなければ勝手放題にでたらめに見るのでもない。時あって外から夢を見せる。夢に現れてくる世界があります。その夢の中でも法華経の行者を悩ましてはいけないと、そういう言葉があります。私等が法華経を持つと言う事の力強さを、お経文の力を信ずる時、現れて来ます。
で、夢でも猶守られて居る。親が子供が眠ったと言っても側でやっぱり気を使って守っております。あのように我々が眠った後までも悪魔と言う言葉で言えば悪魔が悩ます事を許さないで守って居る、そう云うことなんです。この法華経の文を信じて床に着きます。安らかな夢を見ねばなりません。それから今日はこのランカの暦で満月の宵だと申します。けれども不幸にしてお月様が出ては居りましょうが雲が遮って拝む事ができません。明日が日本の暦で満月であります。明日は拝めるかも知れない。私が一代の中で満月の日をしばしば迎えて拝みました、拝みましたけれども、あの印度へ渡りまして、カルカッタの道場がほぼ完成しました。あらまち建ちましたので満月の月見をヒマラヤ、雪山でしたいと思いました。雪山のダージリンに参りました。仏教のお寺がありますからそこに泊めて貰って一人でお月様を拝める所まで少々山を登りました。丁度お月様を拝む事が出来ました。これはどうも広大な銀世界にお月様が一つ照らし渡りました。この姿が一代の中で満月の最も記念の一夜となりました。皆様方も良い満月を見て頂きたい。
(昭和五十二年九月二十六日 仏足山)

仏教の平和的特性

仏教の平和的特性
スリーパーダの御仏舎利塔建立ということが、一つの土木事業のようでもありますけれども、これが、その仏様の不思議な力が、如来の秘密神通の力が加わりまして、わずかの工事でありますけれどもランカ政府の首脳を始めとして、一般民衆もみんな、驚きの目をもってながめているようであります。それで私が空港に到着いたしまして、一言ご挨拶をしましたら、それが幾度もラジオに放送されておるという事であります。それで、大統領に会見しましても、首相に会見しましても、みんな写真をとって新聞にも出したようであります。これは私はまあ、日本におって何もしませんけれど、どこからか集まって見えた人々の、青年達の仕事であります。別に大統領を関心させようと思ってなさったんでもないでしょうけれども、この仕事も不思議に仏様のお力が加わって、今は仏教国ランカの大きい注目の的となりました。
日本国でも、御仏舎利塔は建てましたけれども、誰もそんな何が建ったか知らずに済んでおります。インドにも御仏舎利塔を建てましたが、これはまあ政府の首相を始め、関心をもっておりましたけれども、一般は宗旨の違うヒンズー教と言うの、マホメット教と言うの、フィフィ教というのと言ってあまり興味を持ちません。工事の出来上がるまで誰もそんなもの知らずに通ってしまいました。
ネパールは御仏舎利塔を建てかけましたけれども、ヒンズー教の政権であり、ヒンズー教は仏教国を滅ぼして仏教徒をみな弾圧しまして、それでまた仏教が復興することを内心恐れて、宝塔を破壊したり、つまらん事をしました。今の、現代の時代において、政府が権力をもって純宗教的な建設を破壊するなどというようなことは、随分ヒンズー教の仏教に対する妬みであります。同時にまた、キリスト教なども、あのネパールに入っておりません。入れません。宗教的な偏見であります。偏見は所詮、最後には成功するものではありません。日本国も唯神を皇室を始めとして国家としてやって見ましたけれども、他の宗教を弾圧しました。耶蘇教を弾圧しました。仏教を弾圧しました。それで宗教的に偏見があると、やがてそれは、思想的に他の方から妬みを受け、憎しみを受けます。で、ここの困難があります。けれども、この困難を厭わずに仏教徒は仏教を弘めねばいけません。それは人の心を平和にする教え、どの宗教も、そのつもりでありましょうけれども、けどもみんな過不足で、足らなかったり過ぎたりしております。仏教が本当に信ぜられた国、そこの民衆の気分、これが仏教に勝る教えは、歴史上ありません。 
日本国も、仏教が本当に信ぜられた時、その時に文化が栄え、一切の社会に波風が立たずに、殺人犯という者が一人も出なかった時代が、七十年も続きました。国の中にそれほど平和がみなぎる。世界に平和のこの教えを伝えねばいけません。そのために、今、ランカの仏教徒も結束してこれに仏教復興にあたれば、大きい力であります。それは、金儲けの仏教でもなければ、病気平癒の仏教でもなく、個人の幸福追求の仏教でもありません。仏様のお徳を慕っておみ足跡を拝むという事であります。礼拝忝敬します。何でもおばさん方が、みかんやら、お菓子やら、線香やら持って山の上に登って御供養いたします。仏様へ捧げるこの一念。仏様という救世主を見出しております。欲になると救世主が判りません。例えば、日本の創価学会みたいなもの。お釈迦様は迹仏だと、そんなことを言います。あなたは何です、池田大作本仏であります。そういう馬鹿なことを言う。その池田大作が本仏ならば、あとのご信者もみな本仏になります。そしてお釈迦様だけ迹仏で、一番下のほうへ下がらねばなりません。宗教の取り損ないは、そんなことになります。ここのランカの仏教はお釈迦様を礼拝供養する。それはできることでお花を拾って来てあげてみたり、それからローソクを焚いてみたり、線香をあげてみたりしておる。供養恭敬しております。これで仏法になり平和になります。その、誰が本仏かというようなことを考えて、凡夫が本仏、そしてお釈迦様が迹仏になってしまうと、有り難く無くなります。南無妙法蓮華経
昭和五十二年九月二十四日

三障四魔

三障四魔
お釈迦様がそこの菩提樹の下で成道正覚、仏様になられました。尊い場所になりました。あなた方の今後一代の仕事の始めの場所は仏足山であります。工事は出来ても出来なくてもそれはかまいません。それは、あなた方は自己の菩提心を今後育てあげることに気を付けねばなりません。そこに粗悪な考えを持ちますと将来一代の内に躓きが起こります。誘惑は一代、何方からでもやって来ます。金銭の誘惑、名誉の誘惑、様々な五欲の誘惑、様々なものが集まりまして、そこに引かるれば菩提心と共にあなた方が暮らすことが出来ません。それは世間一般の人の生活であります。そこに戻るならば、今日の出発は無意味になります。
日本山の中に大勢のお弟子を育てましたが、皆長い遠い菩薩行という一代の仕事の中に、最後まで最初の発心を清く保つことは困難であります。たまたま二、三のここにおる人はわずかに西天開教の中にも残りました。成功すれば成功して失敗。不如意なことは弾圧を受ければ、それで屈伏してしまう。それから、年とともにやはり様々な菩提心に障りのあることがみんな魔性であります。その魔性が、三障四魔で病魔も一つ、死魔という死、死ぬるということも一つ、煩悩魔もあります。こういう魔性が、様々形を変えて、手を変えて、あなた方の菩提心の清らかな仕事をつまずかせます。つまずかない人が千人に一人出来なければならない。その数に入られたんです。最後臨終の時に、一代の我が一生を返り見て、後悔のない、喜びのある、そういう一代を作って下さい。
(昭和五十二年九月二十二日)

久遠実成の本仏

久遠実成の本仏 
今朝はここでお勤めをいたしましたが、みんな初めての人で不思議な思いが起こったかも知れません。私も始めて楞伽(スリランカ)に参りまして、この前の道、向こうのお寺、学校でありますが、マリガカンダと申します。そこにお世話になりました。そして、仏様のお像が祀ってあるお堂があります。で、そこで私お勤めをしておりました。信者が詣って、皆んなこの御仏舎利塔に一番に詣ります。その次に菩提樹が植えてあります、菩提樹にもまた詣ります。それから今度やっと仏様のお堂のある所へ行って詣ります。
そこで、これは大変だなと思いましてよく考えてみました。で、菩提樹の下でお釈迦様が成道正覚遊ばされた、仏様に成られたということで、それを型どりまして、菩提樹の下にお釈迦様の居いでます、成道遊ばされるそのお姿を想像して拝むのですけれども、ここもこの菩提樹は、お釈迦様が成道正覚遊ばされたブッダガヤからわざわざ移して植えました。そうして、ここにお釈迦様のお像を祀りました。お釈迦様は、その菩提樹の影で成道正覚遊ばされたその昔を偲ぶのであります。
ところで、そのお釈迦様は拝むことはわかりますが、しかし、現在この菩提樹を拝みます。そこが考え方によりますと、諸仏崇拝、草やら木やら山やら川やらを拝むという、一種の野蛮な宗教のようにも考えられます。そこで、日本には木を拝む宗教もありません。そこで戸惑うたわけであります。けれども、不思議なことにあの私らが御題目を書いて拝む、まあこれには問題がありません。その中の妙法はわかります。蓮華というのは、あれは花であります。草木であります。妙法蓮華を拝みます。やっぱり蓮華を拝みます。草木成仏という法門があります。草も木もみんな仏様になります。仏様にならねばならない。お浄土の中の草であります。木であります。そう。
もうひとつ考えました。この天地宇宙の全体が尊いものでありますが、それを私らは仏様として認識します。久遠の本仏、始めから作ったの、作られたのというものでない、本来存在したもの。天地宇宙みな久遠本仏の一体の中の姿であります。私らの体に頭や髪があるの、手の指の爪があるの、あってその人一人の姿である。この天地宇宙が久遠実成の本仏のお姿で、それが草にも木にも人にも鳥にも十界に姿を現しております。皆尊いものです。
(昭和五十二年九月二十二日 コロンボ マハボディー)
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Author:gyousyuusan
日本山妙法寺開山 無辺行菩薩 藤井日達大聖人様の御法話を中心として世界平和にかかわる事を発信して行きます。

大津行秀

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