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「放射線の健康への影響」参考人説明より 児玉龍彦


‎2011年7月27日 (水) 衆議院厚生労働委員会 「放射線の健康への影響」参考人説明より 児玉龍彦(参考人 東京大学先端科学技術研究センター教授 東京大学アイソトープ総合センター長)



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メルトスルー

政府発表とは裏腹にふくいちはとんでもない事に成っている様です​。

6月7日に公開した国際原子力機関(IAEA)への報告書で、政​府は1~3号機で「溶融貫通」している可能性を認めた。これは、​炉心溶融(メルトダウン)した核燃料が、原子炉圧力容器を突き抜​け、さらに外側の格納容器にまで流れ落ちてしまう「メルトスルー​」という状態だ(右の図参照)。
だが「福島第一はもっと絶望的な状況にある」と指摘するのは、京​都大学原子炉実験所の小出裕章助教である。
「溶けた核燃料であるウランの塊=溶融体が、格納容器の底をも破​り、原子炉建屋地下のコンクリートを溶かして地面にめり込んでい​るのではないかと考えています。

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/11152?page=2

合掌

福島の現実


山本太郎が見た福島の現実



東電の節電キャンペーンは、原発維持のための陰謀だった!!



東電の節電キャンペーンは、原発維持のための陰謀だった!!  1/2




東電の節電キャンペーンは、原発維持のための陰謀だった!! 2/2


放射能汚染に新事実

スーパーホットスポットを次々発見、放射能汚染に新事実、この数値を見よ!
全国1000ヵ所を独自調査 〈後編〉

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/11933

観心本尊鈔ー本尊を誤ってはいけないー 2

観心本尊鈔ー本尊を誤ってはいけないー 2

間違えなかった系統を、今この御妙判に引かれてあります。小乗教の仏様は、迦葉・阿難を両脇に置いて、これは、ランカの仏教などは、お寺へ行ってみますと、みなそうであります。お釈迦様の両脇が迦葉・阿難であります。その次に、権大乗となりますと、小乗教の時に出て来なかった文珠菩薩の、それから弥勒菩薩、そんなものが両脇にあります。お経がその人々を相手に説かれてあります。それが大乗教の入り口の権大乗教。次に法華経の中の迹門といいますが、序品から寿量品の前になるまで、それもお釈迦様が中心ではありますけれども、その脇に立っております。脇士と申しますその脇立は、文珠・普賢、こういう菩薩方が立っております。
法華経の序品から見ましても、やっぱりそんな菩薩方が顔を出します。それは間違いではありません。とにかく、お釈迦様を中心にして、お釈迦様のご説法の下に連なったお弟子方、これを脇におきました。そこまではよかった。
大日如来の、阿弥陀仏の、稲荷様の、そんなのが来てから、もはや仏教は収集のつかない邪道におちました。主人を失ってしまった。それで、本尊様はお釈迦様であります。お釈迦様がお経を説れた時に、様々のお弟子様が出てきます。その中で、この法華経の如来寿量品の説かれる時には、お釈迦様のお自我偈と申します、ご自身の性格を示されました。如来秘密神通之力、それが如来寿量品の始まり。それを説こうと言うのであります。で、如来寿量品を以て、本尊様と定めた時に、お釈迦様になります。
そのお釈迦様が、あなた方は、この釈迦牟尼世仏を、近頃ガヤで成道した仏だと思うているが、それには間違いだというのです。時間的に、無始の始め、始めなき始め、から仏様に成ったのです。その仏様が、衆生済度のために、今度も人間界に、また生まれて来た。けれども、人間界に生まれて来たけれども、当たり前の人間ではない。仏様が仏様の秘密神通之力を示すために現れて来た。その御釈迦様を祀らねばなりません。
その御釈迦様は、脇立が、その始めなき、時間的に始めなき始めから、教化してお弟子として育てた菩薩。それが上行・無辺行・浄行・安立行という四大菩薩。大地から湧いて出たと申します。地涌の菩薩であります。それを脇立にせねばなりません。その上行等の四菩薩を脇立にする御釈迦様、それが寿量品の仏様。
そうすると、今現存の御釈迦様はどうなるか、それを表現するために、久遠の昔から仏様になられたお釈迦様。それをお釈迦様というと、阿弥陀様に比べたり、大日如来に比べまあす。それらの一切の仏を総合し、一切の仏が久遠の昔のお釈迦様と、ここに現れたように、阿弥陀様とも、大日如来ともなって現れ、様々の気根に応じて、名前を変えて現れた。一切の衆生を救う宗教的な礼拝の対象となるものは、みなこれ、我が一つの遠い時間の中における衆生教化の姿に他ならない。それが寿量品の説であります。
名前を様々変えてあったが、どの宗教も、その久遠の昔に成道なさった如来寿量品の仏様。その一端・一面であります。
衆生の気根に応じて姿を示す。その時にはやはり、仕方がありません。子供が欲しいという人には、鬼子母神様という形をとって現れる。幸福や金が欲しいという人には、大黒様にもなるんです。けれども、金が欲しくて拝む、子供が欲しくて拝む、そういう仏様は、一つの気根に応じた救いの姿であった。如来の本来の神通・秘密力ではない。枝葉の仏様。例えば、天の月が様々の池に映っておる。同じ様な姿であります。そういうものだと説いてあります。
ところが、日蓮宗では、この釈迦・多宝の仏様を脇にして、南無妙法蓮華経を中心にしてあります。お曼荼羅様というものは、そういうものであります。
そこで、日蓮宗の学匠が、日蓮宗の御本尊は、法だ、南無妙法蓮華経という法だ、という解釈しました。けれども、観心本尊鈔を今拝んでみますと、本尊はみんな、仏様や菩薩方の姿でありました。法などではありません。法をもってますことは、あらゆる救いの本尊となるその本体は、お釈迦様でもいかねば、阿弥陀様でもいかない。総体的なものに考えますから、絶対的なもの、それを示すために、仏様の名ではなく、南無妙法蓮華経を以て示します。このお題目であります。
そんなら、お題目は法かというと、そうではありません。如来の秘密であります。如来なんです。無作三身の法宝を南無妙法蓮華経と言う、と御義口伝に説かれた。けれども、この本尊は、南無妙法蓮華経というから、人ではない、と考えることが学者の間にあります。最近の学匠で、戸頃重基という人が居りまして、金沢大学の教授をして亡くなりました。この人が、法本尊を唱えて、たくさんの書物を書きました。法本尊を主張し、私の所へも本を送って来て、これは、法本尊は、老師のご意見と相違します。といって送って来ました。私、それに対する意見を述べましたものがあります。「人」であります。
本尊鈔を拝んで見ますと、仏像が末法に始めて出現する。釈迦多宝の二仏を脇士とします。他の阿弥陀・大日等の仏様方、これは迹仏迹像として大地の上に立たせる。そう説いてあります。この本尊鈔、それと報恩鈔、これは今朝拝みました。この二つの御書に三大秘法の中の本尊様が細かに説かれてあります。
両方よく拝まねばならない。もう一つは日女御前御返事というのがあります。
御婦人でありましたけれども、お相手になっております。そこにご本尊様のことが説かれてあります。
南無妙法蓮華経は、「法」でありません。「人」であります。南無妙法蓮華経
昭和五二年十月一八日 スリランカ国スリーパーダ
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Author:gyousyuusan
日本山妙法寺開山 無辺行菩薩 藤井日達大聖人様の御法話を中心として世界平和にかかわる事を発信して行きます。

大津行秀

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