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聖書の神

       【聖書の神】  昭和四十九年(一九七四年)
 
 此の所北米合衆国の首都、華盛頓(ワシントン)の日本の仏法の道場を開設する所以は、アメリカの国家権力が実行しつつある戦争政策、就中アジア侵略戦争政策とアメリカ国民の信奉せるキリスト教に就いて聊か疑問を提起して、人類の希望する天下泰平・国土安穏の建設に貢献せんが為である。
 
 旧約聖書 創世記 第一章に曰く
「一、はじめに神は天と地とを創造された。
 二七、神は自分の形に人を創造された。則、神の形に創造し、男と女とに創          造された。」
創世記 第二章に曰く
「一、こうして天と地と万象とが完成した。
 七、主なる神は土の塵で人を造り、命の息を其の鼻に吹き入れられた。
 それで人は生きた者となった。」
 創世記 第三章に曰く
「一九、あなたは顔に汗してパンを食べ、遂に土に帰る。あなたは土から取れたのだから。あなたは、ちりだから、ちりに帰る。」

 苟も聖書を信ずる者としては、主なる神の此の如き人類創造の説を信受するであろう。是に由って其の信ずる人の人生観が成り立つが故に、等閑に付す可からざる問題である。
 神は自分の形にに似せて土の塵を取って人を造り命の息を其の鼻から吹きこんだので人は生きた者となったと云うことは、凡そ人類は一種の土で造られた生命有る動物であると云うことになる。それだから、生きんが為に労働して食物を作って食べねばならぬ。食物を食べた後は但だ死人で本の土の塵に還元されてしまへばそれでおしまいになってしまう。
死んだ後の未来世の問題には全然関係が無い。是の如き人生観は現代の唯物論者の説く所と何の相違も無い。
聊かも人類の人類たる所以は土の塵で造られたからでも無く、呼吸をするからでも無く、労働して食物を造って食べるからでも無く、死んで土に還るからでも無い。人類は精神的存在として死後未来世の生命を考える為に其の特徴が有る。それを考えるものが則宗教である。主なる神の創造は但形而下の物に局て形而上の者を創造して居ない。人類創造の初めに何故に神の心を人類に吹き込まなかったのか、是が主なる神の重大なる人類創造の手落ちである。此の創造の手落ちに由って人生観が永久に低下し堕落して往かねばならぬ。
更に人類創造に関して主なる神の重大なる過失は、残酷なる女人創造の乱暴である。

 創世記 第二章に曰く
「二一、そこで主たる神は人を深く眠らせ、眠った時に、其のあばら骨の一つを取って其の所を肉でふさがれた。
 二二、主たる神は人から取ってあばら骨で一人の女を造り、人の所へ連れて来られた。」

 是の如き女人創造のは現代医学上、行われつつある生体解剖手術である。人体に全身麻酔を施して、苦痛を感ぜ無いようにして、生きている人類の身体を妄りに切開し、其のあばら骨をえぐり取ったと云うことが、聖書を信ずる者として、人類社会に冷淡に血の歴史を綴らしめたる根源であろう。
欧羅巴諸国が不断に国際戦争を行い、欧羅巴に発生した近代国家が軍備戦争の大集団となったのも、其の根本は神の助骨刳取(えんしゅ)にあると想われる。
凡そ人類社会に於いて殺人戦争を行う者は男子であり、平和を願う者は多く女人である。平和の使節として女人を造るには、須く花を取って女人を造るべきであった。

 旧約聖書 創世記 第六章に曰く
「五、主は人の悪が地にはびこり、総て其の心に思いはかる事がいつも悪い事計りであるのを見られた。
 六、主は地の上に人を造ったのを悔いて心を痛め、七、
 七、『私が創造した人を地のおもてから拭い去ろう。人も獣も這う者も、空の鳥までも、私は是を造った事を悔いる』と云われた。」

 地上の一切の生命有る動物を一時に地の上から拭い去って全滅せしむるとは、まことに恐ろしき神の呪いであり、恐ろしき神の仕業である。
人に病が有るから薬が有るが如く、人に悪事が行われるから教化があり、人に苦悩が有るから救済が有る。人の悪が地上にはびこるのを見て、全滅を計画する已然に、なぜに神は教化を為さなかったか。人の悪が地上にはびこるのは何時迄待っても止むことはない。
これが人類社会の現実である。それ故に全滅を企てるならば人類は永遠に神の呪いの中にあらねばならぬ。神なるが故に一切衆生を総て生命有る者を殺害し、全滅せしめても、それは犯罪とはならないのか。神の殺害全滅が犯罪とならないならば人類が殺害全滅がを行っても又、犯罪とはならないだろう。此人類全滅の神の呪いは今日キリスト教国を称する北米合衆国に由って完全に継承された。
第二次世界大戦の終末期に日本の広島と長崎とに原子爆弾を投下したのは、則其の第一段階である。爾来アメリカは原子爆弾を偽って平和の守護神と称し、国力を挙げて原爆水爆核兵器の開発蓄積に努力しておる。それはやがて人類全滅の道具となる。又、ベトナム帰還兵の証言の中に、アメリカの絶滅戦が証言された。
「我々は厖大な量の通常兵器・数十万の軍隊・ストレンジラブ博士の新兵器をつぎ込みました。我々は何の武器も持たない国に対して空軍を使い、海軍を使いました。それでもまだ満足しないで戦争はまだ続いており、ベトナム人はまだ戦い続けています。それは絶滅戦と呼ばれます。
総ての戦争は絶滅戦です。ベトナムのような農業社会では絶滅戦と云う場合、但一つの事を意味します。抵抗の手段の破壊、則人々を抹殺する事です。我が国は我が国が彼の国に押し付けようとしているのに、ベトナム人が抵抗するのをやめせるにはどれほどの数のベトナム人を殺す必要があるかに就いては、極めて系統的に目標をさだめました。私の考えでは是は政策です。」

 旧約聖書 創世記 第六章に曰く
「十一、時に世は神の前に乱れて、暴虐が地に満ちた。
 十二、神が地をみられるとそれは乱れていた。総ての人が地の上で其の道を乱したからである。」

 「暴虐が地に満ちた。」とは北米合衆国の現在の社会状態である。
然らば神の呪いを被って崩壊し全滅すべき運命はアメリカに巡り来つつある。今しばらくアメリカの代表としてニューヨークに就いて一九六八年の犯罪を挙げて見よう。強盗が五万四千四百五件、一日平均一五〇件、東京の百五十七倍、ニューヨークで其の携帯品を盗まれないように注意するよりも、盗まれたならば、又買えばよいと考える方が一種の生活の知恵であると云はれる。
殺人が九〇四件、毎日平均二人が殺されつつある。殺人も爆発も大抵警察は呼ばない。秘密に殺されて蒸発し殺人罪として報告されない例は多いから、実際の殺人罪の件数は更に多い。戦争中のベトナムと、平時のニューヨークと比較して何れが危険であるか分からない。
人が殺された時、犯人の中に警察が混じっているのが常識であり、殺された者は殺されっ放し、殺した者は殺しっ放し、是が全く普通の出来事である。
強姦事件は一八四〇件にして、毎日平均五人の女性が暴行されている。東京の六倍に当たる。日本国に於いても終戦後、進駐軍兵士に関して日本の女性が暴行される件が書物になっておる。
乞食の数は、戦争に由る避難民の溢れるサイゴン市中よりもニューヨークの方が余計に目に付く。
犯罪件数の多いことはニューヨークが、そしてアメリカが世界第一である。
アメリカ史は最初から現在に至る迄の重要のテーマは西部開拓史に見られるような無法と絶えざる暴力である。此のテーマはアメリカが地球上で重要な位置をしめる国となっても変わるものでは無く、寧ろ以前にもまして重要なテーマとなっている。
現在のアメリカは人類史上未曾有の最大の暴力を海外で振るった事実の為に、精神的にも道徳的にも倫理的にも経済的にも破綻を示し、東南アジアの侵略がアメリカの崩壊をもたらす凶兆となりつつある。

旧約聖書 創世記 第六章に曰く
「一三、そこで神はノアに云われた『私は総ての人を絶やそうと決心した。彼等は地を暴虐で満たしたから、私は彼等を地と倶に亡ぼそう。』」

 ノアの洪水を起こした神は正に審判の神にして救済の神では無い。大洪水に由って突然溺死した一切の動物、就中人類等は何処で救済されるのか。神の仕事は、悪を見て審判して溺死させるのが究極の仕事であるか。凡そ宗教は未来世の救済を約束するものである。生命の永遠性を信ずる時、もし未来世の救済が約束されないならば宗教的には失格の神である。
悪事を為す者を見て之を亡ぼす事は、悪魔の仕事と其の殺生全滅に於いて区別は無い。審判の神は、暴虐に満ちたる現代を滅ぼす神にして断じて現代を救う神では無い。
現代を救う神は悪を転じて善となす善悪不二の妙理を活用する神で無ければならぬ。暴力殺生を禁じて非暴力不殺生の一戒を持つ神でなければならぬ。
或いは人は私を目して神を瀆す者と云うかもしれぬ。
然し私は聖書の神を指して人を瀆す者と云ふ。

(ワシントンDC)


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