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和合僧 

和合僧 
座をもう少し皆んな前のほうに詰めると、後の人が非常に楽に座られる。前のほうがあまり贅沢に座られたら後の人は窮屈に、ちよっと立って見ている。どんなことか前に座る人が後に座る人の事を心配せねばならない。
これが抜ける。自分の座る所だけ座れば良いと思う。人が何処に座るか考えなければならい。そこに座が偏ってはいけない。本当を言えば、皆んな前に前に詰めるのですけど、そうすると後から来た人の席が楽に取れる。自分の位置をしっかりと定めると大衆が一緒に動きます。自分だけの問題を考えて大衆の存在を無視しますと、ちよっとやっぱり今晩の席みたいのが出来る。大衆と一緒になって動かねばいけない。そうすると、賢い人も愚かな人も一体になる。弱い者も強い者も一体になって動きます。そうすると力強いものが出来ます。これがバラバラになって自分だけ存在しますと、後の者が働こうと思っても力を出す場所がない。みんなの力を総合する。これが和合であります。和合は力であります。一つになっていく。一つになる工面をせねばならない。それには、自己というものを大衆の中に置かねばならない。自分を大衆の外に置いて、批判する、ながめる、それから別に偉くなる。そんな事をすると、後の者はついていけません。離れます。一体になって弱い者、強い者、年老いた者も子供も一体になって動く、それでお題目ばかり唱える。これは一体になり得ます。座席もそう、食べ物もそう。部屋もそう住居もそう、艱難もそう、喜びもそう。一体になって動く工面を考えねばいかん。
(昭和五十二年九月二四日 仏足山)
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日本山妙法寺開山 無辺行菩薩 藤井日達大聖人様の御法話を中心として世界平和にかかわる事を発信して行きます。

大津行秀

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